消えない

  川のある街と言われて真っ先に思い浮かぶのが日ノ出町だ。

来るたびに日ノ出町を流れている大岡川の側を散歩している気がする。人があまりいないところとか、あとはアーチ型の橋が架かっているところなんかも良い。

 昨日、横浜美術館で開催されているコレクション展を回っていたら、戦後間もない頃の日ノ出町を写したと思われる写真に出会った。作品のタイトルに日ノ出町という地名は使われていなかったが、そこに写っている橋を見て、瞬時にこれは日ノ出町だと確信した。街の姿は現在とは随分違っていたが、アーチ型の橋だけは変わらぬ姿で佇んでいた。

 調べたところによると、この橋は長者橋と呼ばれており、その始まりは江戸時代まで遡る。関東大震災で焼失後、昭和の初めに現在のようなアーチ型の橋になった。

 その後もこの橋がある日ノ出町・黄金町界隈は激動の時代を歩んでいく。戦後には大岡川沿岸に集まったバラック小屋の中から売春を行う宿が現れ、やがてそこは青線地帯として名を馳せるようになっていった。

売春宿だけではない。大岡スラムと呼ばれたこの地はヒロポンやヘロインなどの麻薬密売の温床でもあり、密売組織による縄張り争いが頻発していたそうだ。

 青線地帯であるこの地が摘発の対象となったのは2000年代に入ってからで、バイバイ作戦と呼ばれる違法飲食店取り締まり活動により、売春を行う宿は日ノ出町・黄金町界隈からすっかり姿を消した。今ではその跡地にギャラリーや古書店などが立ち並んでいる。

 この街に来ると感じるうら寂しさの訳が分かった気がする。それは、かつてこの地が社会が落とした影の最も濃い場所であったことと関係しているのだろう。染みついた影は、そう簡単には消えない。これからもずっとついて回るだろう。

 しかしこれまで勝手に親しみを感じていた長者橋だが、ずっとこの地で街が変わりゆく様子を見ていたとは。全くもって頭が上がらない。